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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6243号 判決 1968年7月01日

原告 佐藤紀佐子こと 佐藤キサ

右訴訟代理人弁護士 上村勉

被告 鳥海孝一

右訴訟代理人弁護士 旅河正美

同 奥山宰紳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「原告が被告に対し別紙目録記載の土地について別紙借地権目録記載の賃借権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」、予備的に

「被告は原告に対し金三四四万〇八九六円および内金六一四〇円に対する昭和四二年一〇月一八日から、内金三四三万八七五六円に対する昭和四三年四月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決および右金員支払につき仮執行の宣言を求めた。

被告は主文同旨の判決を求めた。

二、原告は次のとおり述べた。

別紙目録の本件土地を含む二一一・一四平方米の土地はもと小国千代子の所有であり、渥美種子がこれを賃借し家屋番号九〇番の二木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗一棟一階二三・一四平方米二階一六・五二平方米を所有していたが、原告は昭和二六年三月二四日右建物および借地権を買受け建物につき即日登記を経由し地主小国千代子の承諾を受けた。昭和三五年二月頃賃料は一月金八四八円毎月末日支払の約束であり、その頃まで支払ずみである。被告は本件土地を同年三月二九日競売により取得した。原告が被告に賃料を提供したが受領を拒絶され借地権を争うので本訴に及んだ。被告はいわゆる競売業者であって、競売に付された土地建物を安価に入手しその明渡を求めこれを他に処分して利益を得ることを目的としている。原告は小早川小五郎の妾であり、本件建物は同人の経営する中央清掃株式会社に賃借しており、地代は同会社が直接小国千代子に支払っていた。被告は本件土地を有利に売却するため裁判所を欺いて本件建物の収去判決を得て執行しようと企て、原告が登記簿上の住所に居住していないことを奇貨とし、被告の住所不明と偽り公示送達を申立て解除の意思表示をなし、また主張の判決を詐取したものである。被告は右申立において本件建物の隣家の渥美種子に原告の居所を尋ねたが不明であると報告しているが隣家に聞かなくても当時本件建物を使用していた前記会社に直接聞けばすぐ分かったはずである。また、被告は本件建物の裏に住む山田某を妾にして通っていたから原告の住所は知っていた筈である。右のとおり被告は右判決を詐取したのであるから、既判力の主張は信義則に反する。また、右判決は八坪と表示するのみで本件土地と同一であるかどうか不明であり、判決主文は原告の借地権の存否について触れていないから既判力はない。本件土地は首都道路公団の道路建設予定地として買収の対象になっており、被告の前記判決に基づく強制執行がなかったならば、金三四三万八七五六円を昭和四三年四月一八日支払を受けられた筈である。被告は同公団に対し所有権消滅補償請求をなしており、本件借地権が認められないと原告は右補償を失う結果になる。よって、予備的に右補償金および支払日の翌日から年五分の損害金の支払を求める。

また、原告は昭和四二年七月一〇日本件土地の賃料につき被告と前所有者小国千代子との間に争いがあることを原因として昭和三五年一〇月分から昭和四二年六月分まで一月金八四八円の割合による合計金六万八六八八円を供託した。しかるに被告は前記判決に基づき昭和三五年一〇月三日から昭和四二年八月二日まで一月金八四八円の割合による損害金合計金七万〇三八四円を有するとして建物収去後の材料等動産時価金六一四〇円に対して昭和四二年八月一〇日差押をなし同月一八日競売を完了し、原告は同額の損失を受けた。同金員および競売の日から年五分の損害金の支払を求める。

三、被告は次のとおり述べた。

被告が本件土地を競落して取得したこと、原告がその主張の建物を買受けたこと、当時の本件土地所有者が小国千代子であったこと、本件土地の一部が道路建設予定地として買収の対象になっていること、借地権消滅補償が金二四九万八八二三円、雑費が金二万四九八八円であること、被告が右公団に対し本件土地所有権消滅補償請求をしていること、被告が昭和四二年八月一〇日右建物収去の強制執行を完了したこと、原告が賃料を供託したこと、被告が有体動産の競売をなし金六一四〇円の売得金を受領したことは認めその余の原告の主張を争う。被告は本件土地を競落した後右競売記録上土地賃借人は中央清掃株式会社である旨記載されていたので、そう信じていた。ところが、昭和三六年一〇月一二日被告が右建物の登記簿を閲覧した結果原告が建物所有者であり、土地賃借人であることを知った。被告は同日原告あてに賃料の請求書を郵便で送付したが尋ね当らないとの理由で返送された。翌一三日被告は原告の登記簿記載の台東区上車坂町二八番地に原告が居住しているか調査したが見当らず台東区役所で住民票を調査したが登録されていなかった。被告は中央清掃株式会社に原告の住所を問い合わせたがわからないとの返事であった。そこで、隣家に居住している右建物の前所有者渥美種子に原告の住所を尋ねたが知らないとの回答であった。また、山田某女が右建物の裏の建物に居住したのは昭和四一年一〇月頃のことである。右のとおり原告の住所が判明しないので被告は昭和三六年一〇月二三日付書面で到達後五日以内に賃料を支払うよう、その支払のないときは契約を解除する旨の通知の公示送達を求め、同書面は同年一一月九日送達された。同年一二月四日原告を相手方として東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第九三六六号建物収去土地明渡および損害賠償請求事件を提起し、同年一二月一〇日民生委員村田茂に問合わせたが原告の住所が不明であったためその証明書を裁判所に提出し、公示送達の申立をなし、昭和三七年三月二三日勝訴判決を受け同年四月一一日同判決が確定した。被告は昭和三七年五月一日右建物につき強制競売開始決定を受け、同年末頃鑑定人が右建物に趣き同年六月四日鑑定書が裁判所に提出された。したがって、中央清掃株式会社は右鑑定人が行ったとき競売申立のあったことを知ったのである。同年九月二四日右建物の収去土地明渡の強制執行に行ったとき右建物の一階に中央清掃株式会社、二階は牛込光子がそれぞれ占有居住しているため執行不能となった。このとき中央清掃株式会社は右建物につき強制執行がなされていることを確知している。したがって、同会社代表者小早川小五郎およびその妾である原告もこれを熟知している。右のとおりであって、被告は右判決を詐取したものではない。そして、右判決の既判力により原告の確認請求は理由がないことゝなる。また、原告の借地権が確認されても残地補償が支払われることはなく、補償金の支払期日が昭和四三年一月三一日と定められていることはない。のみならず、本件土地の所有権については前所有者小国千代子と被告との間に訴訟が東京高等裁判所昭和三九年(ネ)第五二七号事件として係続しており、同事件が確定するまでは補償金の支払はない。

四、証拠<省略>

理由

一、本件土地を含む宅地二一一・一四平方米がもと小国千代子の所有であったこと、渥美種子が賃借し本件建物を所有していたこと、原告が昭和二六年三月二四日右借地権および建物を買受け、建物は即日登記をなし、借地権については小国千代子の承諾を経たこと、被告が右土地を昭和三五年三月二九日競売により取得したこと、被告が昭和三六年一〇月二三日付催告および条件付解除の通知をなし、これが同年一一月九日公示送達により送達されたこと、被告が原告を相手方として同年一二月四日東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第九三六六号家屋収去土地明渡ならびに損害賠償請求訴訟を提起し、昭和三七年三月二三日被告勝訴判決があり、同年四月一一日これが確定したこと、右訴訟において被告が公示送達を申立てたこと、被告が昭和三七年九月二四日本件建物につき建物収去土地明渡の強制執行に行ったこと、本件建物の一階に中央清掃株式会社、二階に牛込光子が居住占有しているため執行不能となったこと、昭和四二年八月一〇日その執行を完了したこと、右判決に基づき損害金債権六一四〇円の競売をなして同金員を取得したことは、当事者間に争いがない。

二、原告は「被告が右判決を詐取した。」と主張するが、これを認めるべき適切な証拠がない。かえって<証拠省略>を総合すれば、被告が本件土地を取得した当初被告は、中央清掃株式会社が本件建物を所有し本件土地の賃借人であると考えていたこと、昭和三六年一〇月一二日登記簿を調査した結果原告が所有者であり借地人であることがわかったこと、被告が同日原告の登記簿上の住所である台東区上車坂町二八番地にあてて賃料請求書を郵送したが行先不明で返送されたこと、同月一三日被告が原告の登記上の住所について調査したが判明せず、台東区役所の住民票も調べたがこれにも記載がなかったこと、本件建物の隣家に住み前所有者の渥美種子について尋ねたが原告の住所を知らなかったこと、被告はついに原告の住所を知ることができなかったので、同年一〇月二三日賃料の催告および条件付解除の意思表示の公示送達の申立をなしこれが同年一一月九日送達されたこと、同年一二月四日原告を相手方として東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第九三六六号事件を提起し、更に民生委員村田茂に問合せたが原告の住所が判明しなかったので公示送達を申立て、昭和三七年三月二三日勝訴判決を受けたことが認められる。右認定によれば、被告は原告の住所を知っておらず、また、種々さがしたが判明できなかったのであり、所在の調査に過失があったともいえない。したがって、賃料不払により昭和三六年一一月一四日賃貸借は解除された。のみならず、右判決が住所を偽って申立てられて効力がないということもできない。

以上のとおりであるから、本件土地の賃貸借は解除により終了している。また右判決に基づく強制執行により本件土地は被告に明渡されたから、仮りに原告が本件土地に借地権を有しているとしても、民事訴訟法第五四条第三項の規定の趣旨に照し本件土地の返還を求めることはできず、したがって同土地の使用は不可能であるから、結局借地権を被告に有効に主張することができないことゝなる。また、被告は本件土地の明渡を受け原告の借地権の負担のない土地として自由に処分できるわけであるから道路公団から補償を受けたとしてもこれが原告の権利を侵害することにもならない。

三、原告は「被告が前記無効な判決に基づき違法な競売をなし原告が金六一四〇円の損害を受けた。」と主張するが、前記判決が無効でないことは前記のとおりであり<証拠省略>によれば右金員は賃料相当の損害金として認容されたものであることが認められるから、右判決により原告はその支払をなす義務があるわけであって、これを賃料として供託しても弁済の効力を生じることはない。

四、原告は「右判決における土地の表示が正確でなく本件土地と同一でない。」と主張するが、<証拠省略>を総合すれば原告が主張している本件土地と右判決において原告が占有しているとされた土地とは全く同一であると認められる。右主張は理由がない。<以下省略>。

(裁判官 渡辺一雄)

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